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20 落穂拾い

 みなさま、こんにちは。

 『落穂拾い』という絵をご存じでしょうか。フランスの画家ミレー(1814-1875年)の傑作の一つです。黄金色に染まりゆく夕暮れどき、真昼の収穫の興奮が遠のいた畑の隅っこに、粗末な身なりの女性たちが三人、腰を曲げて僅かな落穂を拾い集めています。つつましさの中に真実な人生がうかがわれて、豊かな時代を生きる私たちにも懐かしい思いを呼び起こします。しかもそこには人生の悲しみや苦しみを超える不思議な道も示されています。

 さて1857年にフランスの農村風景を写し取ったミレーのこの作品の背後に、古い聖書のことばが息づいていると知れば、あなたはいっそう驚かれるでしょう。

 あなたがたの土地の収穫を刈り入れるときは、畑の隅々まで刈ってはならない。あなたの収穫の落ち穂を集めてはならない。またあなたのぶどう畑の実を取り尽くしてはならない。あなたのぶどう畑の落ちた実を集めてはならない。貧しい者と在留異国人のために、それらを残しておかなければならない。わたしはあなたがたの神、主である。(レビ記19章9-10節、他)

 畑の持ち主は、落ちた麦穂や落ちたぶどうの実を貧しい人々のためにわざと残しておかなければならない、しかもそれは地主の任意ではなく、まことの神の明確な良き命令だというのです。三千数百年以上もの昔から、こまやかな神の意志が人類に示されていて、私たちがこの絵に気高さを感じるのも、そこに愛の神の存在を感じるからにほかなりません。

 神がそのようなお方であるならば、現代の私たちのそれぞれの日々に対しても、神はご自分の思いを示しておられるでしょう。だから私たちは、神の求めにふさわしく生きていない自分の不幸に、しばしば気づくのです。

 経済格差や病気など山積する社会問題解決のために、人類は今なお改革と整備の試行錯誤を続けています。それらはきっと実を結ぶ日が来るでしょう。

 けれども個人としての私たちの改革はどうでしょうか。おごり高ぶって人をおしのけるか、失望と恨みに凝り固まるか、それ以外に道がないかのように生きている私たちであれば、身近な家族や友人との間に日々必要なのは、まことの愛の神の助けです。


 あなたと身近な人々との間に、神の祝福を祈りつつ。

川越聖書教会 牧師 岸本 紘

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