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マルコ3章

「ご覧なさい。わたしの母、わたしの兄弟たちです。神のみこころを行う人はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」34-35節

 この箇所は、イエス様と身内の者とのやりとり、というエピソードの間に、律法学者とイエス様のやりとりというもう一つのエピソードがはさまっている、 サンドイッチのような構成になっています。 「イエス様が気が狂った」という人たちの声を聞いて、身内の者たちは、イエス様を連れ戻しに出て来ました。 それはある意味では、イエス様を心配したための行動でした。(20-21)

 イエス様に対して"ベルゼブルにとりつかれている"と言い放った律法学者に対し、イエス様は、 「人はその犯すどんな罪も赦していただけます。...しかし、聖霊を汚す者はだれでも、永遠に赦されず、とこしえの罪に定められます。」 と警告されました。(22-30)

 キリストの十字架と復活のめぐみを、信仰によって受けたとしても、 私たちの内側に働きかけられる聖霊を拒んでしまったら、私たちを聖めてくださるお方は、他にはだれもおられないのです。 イエス様を囲んでいた大勢の者が、イエス様を連れ戻しに来た身内の者を見て、 「ご覧なさい。あなたのお母さんと兄弟たちが、外であなたをたずねています。」と言うと、 イエス様は「わたしの母とはだれのことですか。また、わたしの兄弟たちとはだれのことですか。」と神の家族の本質を問いかけられます。 そして、「神のみこころを行う人はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」と仰せられます。(31-35)肉のきずなと霊のきずなは、全く別物であることを、イエス様ははっきりと示されました。 そして時には、肉のきずなが、みこころを妨げる場合があることにも気づかされます。 家族の者がその人の敵となります。

「わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。また、わたしよりも息子や娘を愛する者は、 わたしにふさわしい者ではありません。」マタイ10:36-337

 何よりもあなたを愛する者とならせてください。

H・I

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