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19 2013年イースターに

 みなさま、こんにちは。

 あなたは愛について考えたことがおありでしょう。愛は私たちの人生を左右するテーマです。新約聖書の『コリント人への手紙13章』は、愛の賛歌と呼ばれる有名な個所ですが、以前に翻訳した本からその一部をご紹介いたしましょう。

「愛は礼儀に反することをしません」

(コリント人への第一の手紙13章5節)

 「礼儀に反すること」とは何かを、私は小さな子どもから学びました。両親に連れられての散歩中に、彼は何かが飲みたいと言って泣き出しました。父親が子どもを売店に連れて行く。すると突然、のどの渇きはなくなって、何かを食べたいと言い出す。そうしてパンを買ってもらう。ところがこんどは、もう歩けないと言ってぐずる。父親が背中におぶってやると、降りたいと言う。降ろしてやると、地べたにひっくり返ってわめく。とうとう子どもはおしりをぶたれることになりました。彼はわけもなく泣き叫んだのです。

 ところで残念なことに私たちは、このようなわがままは子どもだけのことで、自分には関係がないと思います。あるいは「礼儀に反すること」は、すべての人の生まれつきの抜きがたい性質だと考えて、安心してさえいます。なんと私たちは、気まぐれ、要求、願い、非難などでお互いを苦しめ合うことでしょうか。

 ダビデ王について旧約聖書にこんなことが書いてあります――彼がまだ逃亡の日々を送っていたころ、ある日、故郷ベツレヘムの井戸の、あの澄んだ水が飲みたいという無茶な欲望におそわれます。三人の勇士がいのちを賭けて敵陣に侵入し、水を手に入れてダビデのもとに持ち帰ったとき、ダビデは彼らの勇気の前に、自らのわがまま勝手を深く恥じ、その貴重な水を飲むことができませんでした。神の人と言われたダビデでさえもがこのようであったとすれば、私たちの無作法はどんなことになるでしょうか。

 この性格を癒すのには、ただ一つの荒療治あるのみ。私たちは、生まれながらのこれらの性質を、イエス・キリストとともに十字架につけていただくほかありません。そうするならば、神の愛が私たちの心に注がれます。この力強い愛はもはや私たちに「礼儀に反する」ことをさせません。

 「主よ。どうか私たちを、私たち自身から救い出してください。アーメン」  

【ヴィルヘルム・ブッシュ著『365日の主』173頁より】

あなたに神の恵みがありますよう。

川越聖書教会 牧師 岸本 紘

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