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17 リオのキリスト像

 みなさま、こんにちは。

 あなたはリオのキリスト像をご存じですか。ブラジル第二の都市リオデジャネイロの丘の上に、1931年、独立百年を記念して建てられました。キリストは両手を広げて立っています。私たちプロテスタントの教会では、像を拝んだりあがめたりはしませんが、このキリスト像を見るときに実際に地上に生き、聖書にその記録が残されているキリストがどんな方であったのか、どんな方であり続けるのか、を思い起こさせます。

 第一、キリストは地上を歩んだとき「すべての人よ、わたしのもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげます」と言い、両手を広げて人々を招きました。私たち人間は失われた者、不安と心配が絶えない者たちです。またキリストは「あなたの罪はゆるされた」と言われました。なんとありがたく、実質のあることばではありませんか。

 第二、キリストは、ことばと行いにおいて不遜で、神を冒とくするという理由で処刑されました。しかもそのとき裁判を行ったローマ総督ピラトは、キリストには死に当たる罪は何もないと断言さえしたのに、です。キリストは両手を広げて十字架にかかりました。過激派革命家やならず者の処刑がひんぱんに行われても、その一部始終を記録したりしなかった時代に、キリストの処刑だけは詳細に書き残されました。その十字架の記録は残酷で、美しさのかけらもないものです。罪の全くないキリストが絶望の内に死んだとき、人の世のやみ、心の暗黒、ねたみ、憎しみ、敵意などがそのまま現されたのです。これがキリストの十字架でした。

 第三、十字架の悲惨は、最後のことばではありませんでした。キリストは罪と死に打ち勝ってよみがえり、ゆるしの勝利を高らかに示しました。今やキリストは、十字架から解き放たれた両手を広げて、私たちを招いています。その両手には釘あとが残っています。ゆるしのしるしです。 

 コルコバードの丘のキリスト像、その正式名称は「贖い主 (あがないぬし) キリスト」です。私たちを救うために「代わりに代価を払った」からです。事実キリストは、常に変わらず私たちすべての人の贖い主です。オリンピックが終わった今、次回サッカーワールドカップや、次回オリンピックに向けて、世界の目はブラジルに、そしてキリストに、引き寄せられることでしょう。

 みなさまに贖い主キリストの平和を祈りつつ。

川越聖書教会 牧師 岸本 紘

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