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エゼキエル書14章

「たとい、そこに、ノアとダニエルとヨブの、これら三人の者がいても、彼らは自分たちの義によって自分たちのいのちを救い出すだけだ。」14節

 エルサレム陥落を目前にしたイスラエルは、主により頼まず、彼らを取り囲む強国とそれらの国の異教の神々=偶像を頼みにしていました。 目の前に、はっきりとご自身をお示しくださっている神から目を背けようとするのは、いつの時代もかわらない私たちのそむきの罪の現実です。 しかし、私たちはすべて主に造られたものであり、本来、主のものであるべきなのです。 だから主は、私たちを多くの偶像から取り戻そうと、ねたみすらされるのです。

 天と地において、唯一ねたむことができるのは、すべてのものを造られ、所有されている神ご自身だけです。 それゆえ、イスラエルに罪のさばきが下されるのは、彼らがもう一度主に立ち返るためなのです。 

 彼らがわたしの民となり、わたしも彼らの神となるためである。11節

 ここに、神の"聖さ"と"愛"がぶつかりあっているのです。愛するが故に、滅ぼさなければならないという矛盾に神ご自身が解決を与えられました。 十字架のキリストによって、滅ぶべき罪人である私たちは、罪から贖い出されました。 それは、ノア、ダニエル、ヨブといった旧約時代を代表する義人3人が集まっても、成し遂げられないみわざでした。 神は何もして下さらないのではなく、滅ぶべき罪人である私たちに、キリストのゆえに、御怒りの剣を下すのを控えて、何もなさらないのです。 

 夜が明け新しい朝をむかえることができること、そのことが計り知れない恵みであるということを深く覚えましょう。 イザヤ書53章を開き、十字架の御苦しみを覚えて祈りましょう。 

H・I

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