Home > 03あなたへのメッセージ > 12 砕かれた霊、砕かれた悔いた心

12 砕かれた霊、砕かれた悔いた心

 みなさま、こんにちは。

 "3百万年前の猿人が石器を使っていた?"
最近、そんなニュースがありました。興味深いことです。これからは、従来の発掘による方法に加えDNAなどの研究も加わって、私たち人間の起源に迫ろうとする試みは、どんどん進んで行くでしょう。それがさらに医学などにも用いられて難病の治療や予防に役立つことも期待できるでしょう。

 しかしながら、それだけで人間を解明できるのか、何百万年という長いものさしを使えば人間を説明し尽くせるのかという思いも残ります。人間の起源を生物学的に説明できたとしても、私たちの悩みが解決するわけではありません。そして聖書は、私たち人間にとって最も価値あることは「砕かれた心」だと語っています。

神へのいけにえは、砕かれた霊。砕かれた、悔いた心。
神よ。あなたは、それをさげすまれません。
(旧約聖書『詩篇』51:17)

 「砕かれた霊」「砕かれた悔いた心」――それは、意気消沈した、落ち込んだ心でないことは言うまでもありません。神の前に高ぶりを捨てた、謙虚な心のことです。

 せっかくの美しい大型画面のテレビが、人間の不条理や罪深さのニュースを伝えない日はありません。だれの人生にも、人間ならではの難しい問題や重荷がのしかかっています。人間社会は、罪深さの中でさばかれているのです。死後にさばきがあるという、先のことではなく、「すでにさばかれている」というキリストのことばは、全くそのとおりというほかありません(ヨハネ3:18)。しかもさばきとは、「罰が当たる」「事故に遭う」という、外側から降りかかることではなく、私たちの内面や人柄からあふれ出るトラブルの数々であり、また、3百万年の人類の歴史の結果ではなく、きのうきょうの自分のせいだと認めなければなりません。そうと知るとき私たちは「砕かれた心」を持つ人になっているのです。

 私たちの人生には「神よ。どうしてこんな不幸を見逃しておられるのですか」と叫びたくなるようなことがあるのも事実ですが、ほかの人のせいにできない私たち自身の足りなさを認めた「砕かれた心」こそが、真に幸いな第一歩ではありませんか。神は、私たちのそのような心を待っておられるのです。

みなさまの上に、神の豊かな祝福を祈りつつ。

川越聖書教会 牧師 岸本 紘

Home > 03あなたへのメッセージ > 12 砕かれた霊、砕かれた悔いた心

Search
Feeds

Return to page top