Home > 03あなたへのメッセージ > 07 2008年クリスマスに

07 2008年クリスマスに

 みなさま、こんにちは。

 クリスマスの季節がやってきました。
 「クリスマスは 苦手です、牧師さん 言えり、さもあれ 商魂の街」
 これは、私がふと口にした思いを、ある人が短歌に詠まれたものです。わあ、言われてしまったと頭をかきながら、ちょっと嬉しい気もしています。けれども牧師たる者が、イエス・キリストの降誕を祝うクリスマスを苦手だなんて、変だと思われるかもしれません。
 クリスマス、そのキーワードは「喜び」「光」「いのち」「愛」です。それなのに、キリストの降誕と、その静かで変わらない意味はさほどかえりみられず、ただ歳末商戦を活気づけ、歌とイルミネーションで町を盛りたてて、それが「喜び」であり「愛」であるとすれば、クリスマスは骨抜きにされているのだと私は思うのです。
 クリスマスの意味について、聖書にはいくつものことばが記されています。

  「この民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。」
「あなたがたのために救い主がお生まれになりました。」
(新約聖書『ルカの福音書』2章)

  「この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。」
 「すべての人を照らす、そのまことの光が世に来ようとしていた。」
「(この方は)人となって、私たちの間に住まわれた。」
(新約聖書『ヨハネの福音書』1章)

  「(まことに彼は)私たちの痛みをになった。」
 「彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」
(旧約聖書『イザヤ書』53章)

 
 なんという不思議なことばでしょうか。
 実のところ、私たちだれの心にもほんとうの愛はありません。お互い、見てのとおりです。そしてもちろん喜びや愛をお金で買うことはできません。また、自力で切り開いたと思う人生も、けっこう荒涼たるものです。私たちはみな、悲しみを生きる者たちです。
けれども、この心と人生が、神の赦しと愛にしっかりとつながれるとき、私たちは屈託なく生きる者とされます。この赦しの架け橋となるために、神のひとり子キリストは人として生まれ、十字架の死と復活を遂げてくださいました。キリストは身をもって神と人との深い裂け目の、また、人と人とのきびしい断絶の、ただ一つの真の橋渡しとなられたのです。この十字架において、今までの自分を終わらせるとき、私たちは新しいいのちに生き始めるのです。これがクリスマスのほんとうの意味です。
 今は、経済が停滞するだけではなく、だれもが自分の心のありかを見失って苦闘する時代です。しかし、神が私たち一人一人を知っておられ、愛しておられることを日々の土台とし、神が与えてくださっている赦しを、人との赦しあいの基礎として、困難な時代を生き抜くことができるなら、それはなんと安心でうれしいことでしょうか。キリストの十字架のもとに、私たちのすべての重荷、思い煩いをおろして、新しいスタートを切ることができるのです。
 川越市内のすべてのキリスト教会では、クリスマスの時期にそれぞれの集いが計画されています。ぜひ教会にお出かけください。

みなさまの上に、ご家庭に、神の祝福とクリスマスの平和を祈りつつ。

川越聖書教会 牧師 岸本 紘

  • Newer:
  • Older:

Home > 03あなたへのメッセージ > 07 2008年クリスマスに

Search
Feeds

Return to page top