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05 見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく

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 みなさま、こんにちは。 

 あなたは「イースター」をご存じですか。全世界のキリスト者はこの日を、クリスマスと同じに、いやそれ以上に、大切に考えてきました。西暦30年春、キリストは弟子たちと「最後の晩餐」をともにした後、深夜に逮捕され、夜通しの裁判を受け、なんの罪も見出されないまま、金曜日の朝9時にはエルサレム城外ゴルゴタの丘で十字架にかけられ、午後3時に息を引き取り、岩穴の墓に葬られました。

 ところが墓に葬られたキリストは、三日目の「週の初めの日」の朝、よみがえりました。罪と死に打ち勝ったのです。そしてこの日こそが「イースター」なのです。当時は太陰暦を使っていたため、こんにちイースターの日付は毎年移動します。今年(2008年)は例年に比べて最も早い3月23日がイースターでした。また全世界で毎週日曜日が休日になっているのも、キリストの復活を記念してのことです。死んだキリストが復活したとは信じにくいことです。けれども、もしもキリストが復活しなかったならば、キリスト教は始まりさえしなかったのです。そして、もしもキリストが復活しなかったならば、最初の三百年間、キリスト者たちはいったい何に支えられて、あの厳しい迫害を生き延びたというのでしょう。また、それ以後もキリストが世界の歴史に与えた測り知れない影響や感化は、いったい何だったといえるでしょうか。

「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく」
(新約聖書『ヨハネの黙示録』3:20)


 しかし、もしもキリストがほんとうに復活したとすれば、それには次のようないくつかの意味があるのだと分かります。
 第一。キリストはただの人ではなく、「わたしは神だ」と主張した(そして、そのために十字架にかけられた)そのとおりの神であり、今も後も永遠に生きておられること。
 第二。父なる神はその御子キリストの死によって、私たちすべての人の罪を赦し、すべての人を愛しておられること。
 第三。神は、私たちすべての人を死の虚無と悲しみとに勝たせ、私たちの日々に新たな意味を与えてくださること。

 私たちはみな人生に根本的な不安をかかえ、生きる確かな意味を見出せずにいます。しかし、キリストはやさしく道を示し、私たちを恐れなく生きる者にしてくださいます。聖書はこれらの「事実」と「意味」とを伝えているのです。私たちは誰でも、キリストによって、この救いを得ることができます。キリストは今も変わりなく私たちを招かれます。キリストはあなたの心をノックしておられるのです。

みなさまの上に、生ける神の豊かな祝福がありますよう、祈りつつ。

川越聖書教会 牧師 岸本 紘

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