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03 初めに、神が天と地を創造した

bokushi03.jpg  みなさま、こんにちは、川越聖書教会の岸本です。

 前回は、世界の超ベストセラー、聖書についてお話いたしました。さっそく聖書を読んでくださった方がいらっしゃるでしょうか。けれども人はしばしば、聖書の第一頁で挫折してしまいます。旧約聖書にはいきなり数頁にわたって、おとぎ話のようなことが書いてあり、また新約聖書の最初のところも、カタカナの人名で埋め尽くされているからです。「取り付く島がない」とお感じではないでしょうか。そこで今回は、旧約聖書冒頭の『創世記』1章1節のことば「初めに、神が天と地を創造した」について、少しだけお話いたしましょう。

 「初めに、神が...」 そもそもこの『創世記』を書いたのはいったいだれで、またいつ書いたのでしょうか。伝統的にはモーセ(紀元前15または13世紀)が何らかの意味で深く関わったと言われています。いずれにしてもこれはとても古い書物です。
 しかし地球や宇宙の始まりに関する古い話であれば、他にも世界各地に残っていて、たいして珍しくもないと思われがちです。けれども世界各地の「神話」が必ずといってよいほど、神々の誕生、神々の結婚から説き起こすのに比べると、創世記1章はひときわ異彩を放っていることにお気づきになるでしょう。創世記には神々の誕生の記事がなく、神々の結婚の記事もありません。「神」はただひとりの方、誕生したり、恋をしたり、結婚したり、恋敵と争ったり、殺したりしません。すなわち神は「人間の写し」ではなく「人間の想像の産物」でもなく、「初めに、人間」ではなく、神は私たちを遥かにこえる超越者であると、『創世記』の一行目は知らせようとしているのです。

「初めに、神が天と地を創造した」
(旧約聖書『創世記』1章1節)

 「天と地を...」 人はだれでもおのずから「永遠」や「神」について考え、求めるものです。そして、身の回りの、目に見えるもの見えないものの中で、自分たちの力を超えると思えるものを、神あるいは神々と考えてきました。太陽は「太陽神」とされました。星座の運行が人間の運命を決めると考えて「星占術」が盛んでした。雨や風の神、農業神などがどんどん考え出されました。
 そんな中で聖書は「初めに、神が天地を創造した」と宣言することになったのです。すなわち天地万物は神ではない、太陽も、月も、星も、王さまも、先祖も、それらすべてを含む「天地」は、神ではないというのです。このあとに続く創世記第1章全体は、このことを繰り返し語っています。

 「...創造した」 神が全宇宙を創造した現場に、かりに私たちが居合わせたなら、何が見えたでしょうか。神の手は私たちの目に見えなかったでしょう。そこに出現するすべてのものは、「勝手にできた」としか  ―しかも長い時間をかけてかもしれない― 見えなかったでしょう。神は見えるお方ではないからです。(なお、創世記は宇宙の作り方やそのプロセスを書いたものではなく、また、必ずしも創造か進化かがそのテーマなのではありません。このことは別の機会にお話しなければなりません。)
 では、神が天と地を「創造した」ということはどういうことなのでしょうか。すべての存在、そして私たちひとりひとりは、神の意志によって存在しているということです。私の若いときの牧師であった飯塚俊雄先生は、しばしばこのことをさして「神さまあっての私たち」とおっしゃっていました。今思い起こしても、なんと適切なことばかと驚きます。
 それだけではありません。なにかを作るとき、私たちでさえも、丹精こめて愛情をこめて作るでしょう。神が私たちの「創造者」―私たちの「ものづくり」とは比べ物にならないことですが― であるならばなおのこと、神は私たちひとりひとりを存分に知っておられ、私たちを深くいつくしみ、愛し、私たちを生かし、私たちに語りかけておられるのです。
 私たちは「ほんらい」 ―ということばが重要ですが、今はそれをお話しするスペースがありません― 、無意味な偶然の存在ではないと知れば、私たちの人生はまるで違ったものになるのではないでしょうか。
 創世記第1章はこのような創造主である神を知らせ、たたえる、驚きと喜びの賛歌です。

みなさまの上に神の祝福がありますよう。

川越聖書教会 牧師 岸本 紘

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