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02 あなたは聖書を読んだ事がありますか?

bokushi02.jpg こんにちは、川越聖書教会の岸本です。あなたは聖書を読んだことがおありですか。

 聖書といえば一般に「ためになる本」「良い人になる手引き書」「心を慰める本」と考えられがちです。しかし私たち人間というものは厄介なことに、手引書さえあれば良くなるものでもありません。さらにまたある人は、聖書には、神を信じればいろいろな奇跡が起きると書いてあるのだと考えるでしょう。確かに奇跡も書いてあります。けれども、それらの奇跡は必ずしも私たちの願いや努力や期待に一致するとは限りません。聖書は私たちの都合のよい夢や希望をかなえるわけではありません。また人間をほめてばかりもいません。むしろ人間は「失われたもの」だと指摘し、一度しっかりと自分の真相を見つめるようにと勧めるのです。これが聖書であり、聖書を通して示される神のお考えです。
 人はみな「失われた」存在であり、真の目的を知らず、永続的な平和を持たず、それゆえに私たちの人生は不安定で、根本的に望みのうすいものになっているというのです。ですから、このような自分をしっかりと吟味しなければならず、それができたならば、それこそが奇跡です。

 聖書は人類の最大のベストセラーです。紀元前の千数百年間にわたってヘブル語で書かれた39の書物が旧約聖書です。また西暦一世紀にギリシャ語で書かれた27の書物が新約聖書です。そして今では、世界中の405の言語に翻訳されていて、部分訳もあわせると2,355のことばで読むことができるのです。文字通り他のいかなる本をもはるかにしのぐベストセラーです。また聖書は、首尾一貫した本です。先に述べたように、旧新約聖書の各書物は長い期間にわたって別々の人々によって書かれたのに、中心的な思想や神の姿は一致していて、ブレることがありません。すなわち、神はただひとりの、愛と聖さに満ちた全能のお方であり、「失われた私たち」の回復のために手を差し伸べておられると、聖書のどの部分もが一貫して語るのです。そして私たちが無意識に認めているすべての良いことのもとには、このゆるぎないお方がおられるのだと述べています。

イエスは言われた、「わたしは、失われた人を捜して救うために来たのです」
(新約聖書『ルカの福音書』19章10節)

 このような神がおられて、私たちすべての者を愛し、いつくしみ、救いの手を伸べておられるということは、今では世界中のだれもが、信じる信じないは別にして、知識として知っていることですが、もともとは聖書にしか書いてなかったことです。つまり全人類は聖書によってだけ、このような神と出会うようになったのです。聖書には、人間が思い描く神についての多種多様なイメージが混在することはありません。だから私たちは聖書を軽く見ないで、神とはどういう方なのか、人間はどんなものであるのか、について知ろうと思うときに、聖書を開くのです。

 人はだれでも、聖書に書いてある神やキリストが果たして本当であるかどうか、に関心があります。それは当然のあるべき態度です。もしも聖書の神やキリストが真実であるとすれば、それらは私たち個人や家庭に変革をもたらさずにはいません。しかし、もしもそのような神がおられないとすれば、私たちは人生の確かな土台を、いったいどこに見出すことができるでしょう。ですからこそ、聖書の信頼性について慎重にならざるを得ないし、また慎重に吟味することは大切なことです。聖書の神を知ろうとするとき、私たちが当面のしあわせやご利益を願う以上に、実はその神が私たちに真の愛や聖さや正義を知るよう願っておられるのだ、ということがわかるようになります。こうして聖書の神を知ろうとする私たちの探求は大いに報いられます。聖書の神が、そこに記されたとおりの神として、そのとおり実在されるならば、この神はきょうも、「失われた」私たちを捜し出そうとしておられるのです。

みなさまの上に神の祝福がありますよう。

川越聖書教会 牧師 岸本 紘

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